目次
<下垂体性ADH分泌異常症>はどんな病気?
🔹 定義
- 下垂体や視床下部における 抗利尿ホルモン(ADH, バソプレシン) の分泌に異常が生じる病気の総称です。
 - ADHは腎臓に作用して水分を再吸収させる働きを持ち、水分バランスと血清ナトリウム濃度を調整します。
 - 分泌が 不足 しても、過剰 でも病気になります。
 
🔹 主なタイプ
1️⃣ ADH分泌低下 → 中枢性尿崩症(Diabetes insipidus, DI)
- 原因:下垂体後葉や視床下部の障害(腫瘍、手術後、外傷、炎症など)。
 - ADHが分泌されない/少ないため、腎臓で水を再吸収できず、尿が大量に出る。
 - 特徴:多尿(1日3〜10L)、口渇、多飲、水分制限すると脱水・高ナトリウム血症になる。
 
2️⃣ ADH分泌過剰 → SIADH(抗利尿ホルモン不適合分泌症候群)
- 原因:下垂体・視床下部の異常、肺疾患、悪性腫瘍(小細胞肺癌など)、薬剤など。
 - ADHが必要以上に分泌されるため、水が体に貯まり、低ナトリウム血症を起こす。
 - 特徴:倦怠感、頭痛、吐き気、意識障害、けいれん(重症例)。
 
🔹 病気の位置づけ
- 「下垂体性ADH分泌異常症」は、主に以下の2つを指すことが多いです。
- ADH不足 → 中枢性尿崩症
 - ADH過剰 → SIADH
 
 - いずれも水分バランスの異常によって生命に関わることがあり、適切な診断と治療が必要です。
 
<下垂体性ADH分泌異常症>の人はどれくらい?
🔹 中枢性尿崩症(ADH不足)
- まれな疾患。
 - 発症率:人口100,000人あたり 1〜3人/年 程度とされています。
 - 有病率:おおよそ 人口100,000人あたり10〜20人。
 - 小児から成人まで発症し得るが、腫瘍・手術・頭部外傷などによる二次性が多い。
 
🔹 SIADH(ADH過剰)
- 尿崩症より はるかに頻度が高い。
 - 特に 高齢者の低ナトリウム血症の原因として最も多い。
 - 入院患者全体での発症率:1〜2%程度 がSIADHによるとされる。
 - 外来患者では稀だが、肺疾患や薬剤(抗うつ薬・抗てんかん薬など)に伴ってみられる。
 
🔹 日本での患者数イメージ
- 中枢性尿崩症:数千人規模(推定1万人弱)。
 - SIADH:高齢社会の進行に伴い 年間数万人規模 で診断されていると推定。
 
<下垂体性ADH分泌異常症>の原因は?
🔹 1. ADH分泌不足 → 中枢性尿崩症(Central Diabetes Insipidus, CDI)
主な原因
- 下垂体・視床下部の腫瘍
(頭蓋咽頭腫、胚細胞腫、下垂体腺腫など) - 頭部外傷(交通事故・転倒などで下垂体柄が損傷)
 - 術後合併症(下垂体腫瘍摘出、脳神経外科手術)
 - 炎症・感染(肉芽腫性疾患、結核、ウイルス性脳炎)
 - 血管障害(下垂体卒中、出血、動脈瘤)
 - 自己免疫性視床下部・下垂体炎
 - 特発性(原因が特定できない例もある)
 
🔹 2. ADH分泌過剰 → SIADH(Syndrome of Inappropriate ADH Secretion)
主な原因
- 中枢性(脳の異常)
- 脳腫瘍、頭部外傷、脳炎、髄膜炎、脳血管障害など
 
 - 肺疾患
- 肺炎、結核、気管支喘息
 - 小細胞肺癌(異所性にADHを産生することがある)
 
 - 薬剤性
- 抗うつ薬(SSRI、三環系抗うつ薬)
 - 抗てんかん薬(カルバマゼピン、バルプロ酸)
 - 抗精神病薬、化学療法薬など
 
 - ホルモン異常
- 甲状腺機能低下症、副腎不全が背景にあると悪化する
 
 
🔹 まとめ
- ADH不足(中枢性尿崩症)の原因:腫瘍、外傷、手術後、炎症、血管障害、自己免疫など。
 - ADH過剰(SIADH)の原因:脳疾患、肺疾患、悪性腫瘍(特に小細胞肺癌)、薬剤、副腎や甲状腺疾患など。
 - いずれも「下垂体・視床下部の異常」による場合を「下垂体性ADH分泌異常症」と呼ぶが、実際には全身疾患や薬剤によるものも多い。
 
<下垂体性ADH分泌異常症>は遺伝する?
🔹 基本的な考え方
- 多くの場合は遺伝しません。
 - 下垂体や視床下部の腫瘍、外傷、手術後、感染、薬剤などの「後天的な要因」によるものが大半です。
 - したがって、親から子へ直接遺伝する病気ではありません。
 
🔹 遺伝が関わる場合(例外的ケース)
1️⃣ 中枢性尿崩症(ADH不足型)の一部
- 家族性中枢性尿崩症 と呼ばれるまれなタイプがあります。
 - 原因:バソプレシン遺伝子(AVP遺伝子)変異。
 - 遺伝形式:常染色体優性遺伝。
 - 発症:小児〜若年期に徐々に出現し、多尿・口渇が生じる。
 
2️⃣ SIADH(ADH過剰型)に関して
- 基本的に「後天的」な要因が中心であり、家族性の報告はほぼありません。
 - ただし、ナトリウムや水代謝に関わる 遺伝性疾患(例:家族性低Na血症) が間接的に関連することはあります。
 
<下垂体性ADH分泌異常症>の経過は?
🔹 1. ADH分泌不足(中枢性尿崩症, CDI)の経過
初期
- 多尿(1日3〜10L)・口渇・多飲が主症状。
 - 発症は急性(外傷・術後など)または徐々に進行(腫瘍・家族性)する。
 
進行
- 水分が摂れれば一見安定するが、水分摂取制限があると急速に脱水・高ナトリウム血症に。
 - 体重減少・倦怠感・集中力低下を伴うことがある。
 
長期経過
- 適切に治療(デスモプレシン投与など)されれば、生活は安定し予後は良好。
 - 原因となる腫瘍や炎症のコントロールが重要。
 
🔹 2. ADH分泌過剰(SIADH)の経過
初期
- 水分が体に過剰に保持され、血清ナトリウムが低下(低Na血症)。
 - 倦怠感・頭痛・吐き気・集中力低下がみられる。
 
進行
- Naがさらに低下すると、意識障害・けいれん・昏睡に進展し、急性では生命に危険。
 - 慢性の場合は軽い症状で気づかれにくいこともある。
 
長期経過
- 原因(腫瘍、薬剤、中枢疾患など)を除去できれば改善。
 - 原因を取り除けない場合は 再発や慢性化 しやすい。
 - 繰り返す低Na血症は転倒リスクや認知機能低下と関連。
 
<下垂体性ADH分泌異常症>の治療法は?
🔹 1. ADH分泌不足 → 中枢性尿崩症(Central Diabetes Insipidus, CDI)
治療の基本
- 不足しているADHを補うのが中心。
 
治療法
- デスモプレシン(DDAVP)
- 合成ADH製剤。点鼻薬・内服・注射などがある。
 - 尿量を減らし、口渇や脱水を防ぐ。
 
 - 水分補給
- 脱水を防ぐため、適切な飲水を続ける。
 
 - 原因治療
- 腫瘍、炎症、外傷など原因が明らかであれば、その治療を優先。
 
 
🔹 2. ADH分泌過剰 → SIADH(Syndrome of Inappropriate ADH Secretion)
治療の基本
- 低ナトリウム血症を是正し、再発を防ぐことが目標。
 
急性・重症(Na <120mEq/L、けいれん・意識障害あり)
- 高張食塩水(3%NaCl)静注を慎重に行い、急激にNaを上げすぎないよう管理。
 
軽症〜慢性
- 水分制限(1日800〜1,000mL程度)。
 - バソプレシン受容体拮抗薬(バプタン系)
- トルバプタン(Tolvaptan)など。腎集合管のV2受容体をブロックし、水の再吸収を抑制。
 
 - 食塩・ループ利尿薬併用
- 水分排泄を促しつつNaを保持。
 
 - 原因疾患の治療
- 肺癌(小細胞癌など)、脳疾患、薬剤性などを特定して除去。
 
 
<下垂体性ADH分泌異常症>の日常生活の注意点
🏡 中枢性尿崩症(ADH不足)の場合
💧 水分管理
- こまめに水分を摂ることが最重要。
 - のどが渇いたらすぐに水分を補給できる環境を確保。
 - 飲水制限は絶対に避ける。
 
💊 薬の管理
- デスモプレシン(DDAVP)を必ず医師の指示通りに使用。
 - 飲み忘れ・点鼻忘れは多尿・脱水につながるので注意。
 
👀 体調チェック
- 尿量・体重・口渇感を自己観察。
 - 発熱・下痢・嘔吐時は脱水が悪化しやすいので早めに受診。
 
🏡 SIADH(ADH過剰)の場合
💧 水分制限
- 医師に指示された1日の水分量(例:800〜1000mL)を守る。
 - 「水・お茶・汁物・果物の水分」も合計に含めて管理。
 
🍴 食事管理
- 塩分をしっかり摂取(低Na血症予防)。
 - カリウム・マグネシウムなど電解質のバランスに注意。
 
🧠 体調チェック
- 倦怠感・頭痛・吐き気・集中力低下 → 低Naのサイン。
 - 意識がもうろうとする、けいれん → 緊急受診。
 
💊 薬の注意
- 利尿薬や抗うつ薬など、SIADHを悪化させる薬があるため、必ず主治医に確認。
 - トルバプタン(V2受容体拮抗薬)を使っている場合は、定期的な血液検査でNa値をチェック。
 
  
  
  
  
