目次
<肺動脈性肺高血圧症>はどんな病気?
- 🔹 定義
- 🔹 診断基準(最新:2022 ESC/ERS)
- 🔹 主な症状
- 🔹 分類(原因別)
- 🔹 病態
- 🔹 経過
- ✅ まとめ
- 🔹 世界での頻度
- 🔹 日本での頻度
- 🔹 臨床的特徴
- 🔹 予後の改善
- ✅ まとめ
- 🔹 基本的な仕組み
- 🔹 原因分類(WHO分類グループ1)
- 🔹 まとめ
- 🔹 基本的な考え方
- 🔹 遺伝性PAH(Heritable PAH)
- 🔹 家族性 vs 散発性
- 🔹 遺伝子検査の位置づけ
- ✅ まとめ
- 🔹 発症から進行
- 🔹 病態の進行ステップ
- 🔹 臨床経過の特徴
- 🔹 WHO機能分類(NYHA分類に類似)
- 🔹 長期予後に影響する因子
- ✅ まとめ
- 🔹 治療の基本方針
- 🔹 治療の流れ
- 🔹 治療の進歩
- ✅ まとめ
- 🔹 基本的な考え方
- 🔹 日常生活の注意点
- ✅ まとめ
🔹 定義
- <肺動脈性肺高血圧症>は 肺動脈に異常な高い血圧がかかる病気。
- 特に「肺動脈の血管壁が厚くなったり、硬くなったり、狭くなったり」することで血流が阻害され、肺動脈圧が上昇する。
- 右心室に負担がかかり、進行すると 右心不全 に至る。
🔹 診断基準(最新:2022 ESC/ERS)
- 右心カテーテル検査で:
- 平均肺動脈圧(mPAP) ≥ 20 mmHg
- 肺動脈楔入圧(PAWP) ≤ 15 mmHg
- 肺血管抵抗(PVR) > 2 Wood単位
🔹 主な症状
- 労作時の息切れ、疲労感
- 動悸、胸痛、失神
- 下肢浮腫(右心不全による)
- 進行すると日常生活に支障をきたす
🔹 分類(原因別)
肺高血圧症は大きく5群に分けられますが、PAHはそのうちの「グループ1」。
原因として:
- 特発性(Idiopathic PAH)
- 遺伝性(BMPR2遺伝子変異など)
- 薬剤・毒物(食欲抑制薬など)
- 膠原病関連(全身性強皮症など)
- HIV感染、門脈圧亢進、先天性心疾患 など
🔹 病態
- 血管リモデリング
- 肺動脈の内皮細胞・平滑筋細胞が異常に増殖 → 血管が狭窄。
- 血管収縮
- 内皮由来の一酸化窒素(NO)やプロスタサイクリンの減少、エンドセリン-1の増加 → 血管が収縮。
- 血栓形成
- 肺動脈内に小さな血栓ができ、血流をさらに阻害。
🔹 経過
- 初期は無症状〜軽い息切れ。
- 進行すると 右心不全(浮腫・腹水・チアノーゼ) を起こし、放置すれば致死的。
- 適切に治療すれば、以前より長期生存が可能になっている。
✅ まとめ
- <肺動脈性肺高血圧症(PAH)>は、肺動脈が狭く硬くなることで血圧が上がり、右心不全を起こす進行性の病気。
- 主症状は 労作時息切れ・疲労・失神。
- 原因は特発性から膠原病、遺伝性までさまざま。
- 診断は 右心カテーテル検査 が必須。
- 放置すると重篤だが、近年は治療薬の進歩で予後が改善している。
<肺動脈性肺高血圧症>の人はどれくらい?
🔹 世界での頻度
- まれな疾患(希少疾患) に分類される。
- 発症率(年間新規発症):100万人あたり 1〜2人程度。
- 有病率(現在生きている患者数):100万人あたり 15〜50人程度 と報告。
- 女性に多く、特に 20〜40歳代の女性 に発症しやすい。
🔹 日本での頻度
- 厚生労働省の「難病情報センター」によると、
- 指定難病 に登録されている。
- 日本での推定患者数は 数千人規模(約3000〜4000人程度)。
- 男女比は 女性が男性の約2倍。
🔹 臨床的特徴
- PAH全体の中で最も多いのは 特発性PAH と 膠原病関連PAH(特に全身性強皮症)。
- 日本では先天性心疾患に伴うPAHも比較的多い。
🔹 予後の改善
- 1980年代までは平均生存期間が 約2〜3年 と非常に不良だった。
- 近年は治療薬(エンドセリン受容体拮抗薬、PDE5阻害薬、プロスタサイクリン製剤など)の登場で、
- 5年生存率は70〜80%程度 にまで改善している。
✅ まとめ
- <肺動脈性肺高血圧症(PAH)>は 100万人あたり15〜50人程度の希少疾患。
- 日本の患者数は 推定3000〜4000人。
- 若年〜中年女性に多く、膠原病や先天性心疾患に合併することも多い。
- 治療薬の進歩で、以前に比べて生存率は大幅に改善している。
<肺動脈性肺高血圧症>の原因は?
🔹 基本的な仕組み
PAHは「肺動脈の血管壁が異常に厚く・硬くなり、狭くなる」ことで血流が悪くなり、肺動脈の圧力が上昇する病気です。
その背景には 血管収縮・血管壁リモデリング・血栓形成 が関わっています。
🔹 原因分類(WHO分類グループ1)
PAHは以下の原因で発症します。
1. 特発性(Idiopathic PAH)
- 原因が特定できないもの。
- 全PAHの半数以上を占める。
2. 遺伝性(Heritable PAH)
- 遺伝子変異が関与。特に:
- BMPR2(骨形成因子受容体2)遺伝子変異:最も多い。
- ALK1, ENG, SMAD9 なども報告。
- 家族内発症がある場合がある。
3. 薬剤・毒物関連
- 一部の 食欲抑制薬(フェンフルラミンなど)、覚醒剤、抗がん剤などで発症リスクが高まる。
4. 膠原病関連
- 特に 全身性強皮症(SSc) に多い。
- ループス(SLE)、混合性結合組織病(MCTD)、皮膚筋炎などでも合併。
5. HIV感染
- HIV陽性者に合併することがある。
6. 門脈圧亢進症(肝硬変など)
- 肝疾患に伴い発症する「門脈肺高血圧症(Portopulmonary hypertension)」。
7. 先天性心疾患
- 心房中隔欠損、心室中隔欠損、動脈管開存などで長期間肺血流が増加 → 肺動脈が障害されPAHへ進展。
8. その他
- 遺伝子素因 × 環境因子(感染や炎症など)が組み合わさって発症するケースもある。
🔹 まとめ
- <肺動脈性肺高血圧症>の原因は 特発性・遺伝性・薬剤/毒物・膠原病・HIV・肝硬変・先天性心疾患 など多岐にわたる。
- 特に BMPR2遺伝子変異、膠原病(強皮症)、薬剤曝露 が重要。
- 多因子性であり、「遺伝+環境+免疫異常」が重なって発症する病態と理解されています。
<肺動脈性肺高血圧症>は遺伝する?
🔹 基本的な考え方
- PAHのほとんどは遺伝性ではない(多くは特発性)。
- ただし一部に 遺伝性PAH(Heritable PAH) が存在する。
🔹 遺伝性PAH(Heritable PAH)
- 全体の 約10〜20% が遺伝性。
- 特に関与する遺伝子:
- BMPR2(Bone Morphogenetic Protein Receptor Type 2)
- 遺伝性PAH患者の約70〜80%に変異。
- ただし変異を持っていても必ず発症するわけではなく、浸透率は20%前後(つまり保因者の多くは発症しない)。
- ALK1(ACVRL1)、ENG(両者は遺伝性出血性毛細血管拡張症とも関連)
- SMAD9, CAV1, KCNK3, EIF2AK4 などの遺伝子変異も報告。
- BMPR2(Bone Morphogenetic Protein Receptor Type 2)
- 常染色体優性遺伝が多いが、浸透率が低いため「家族歴が飛び石状」に現れることがある。
🔹 家族性 vs 散発性
- 家族性PAH:複数の家族に患者がいる場合。BMPR2変異が最多。
- 散発性PAH(特発性):遺伝子変異がなく発症。
🔹 遺伝子検査の位置づけ
- 欧米ではPAH患者に対して BMPR2遺伝子検査 が行われることがある。
- 遺伝性が疑われる場合、家族スクリーニングや早期発見に役立つ。
✅ まとめ
- <肺動脈性肺高血圧症>は 大部分は遺伝しない。
- ただし 約1〜2割は遺伝性(Heritable PAH) で、BMPR2遺伝子変異が最多。
- 遺伝形式は多くが 常染色体優性遺伝 だが、浸透率が低く「変異があっても発症しない人」が多い。
- 家族歴がある場合や若年発症では、遺伝子検査・家族スクリーニングが検討される。
<肺動脈性肺高血圧症>の経過は?
🔹 発症から進行
- 初期は 無症状または軽い労作時息切れ。
- 徐々に 労作時の呼吸困難・動悸・胸痛・失神 が出現。
- 進行すると 安静時にも息苦しい・浮腫・腹水 など 右心不全 の症状が目立つようになる。
🔹 病態の進行ステップ
- 血管収縮・リモデリング
- 肺動脈が狭窄・硬化 → 血流が悪くなる。
- 肺動脈圧の上昇
- 平均肺動脈圧が20mmHg以上に持続。
- 右心室の負担増大
- 右室肥大 → 拡張不全。
- 右心不全へ
- 下肢浮腫、肝腫大、腹水。
- 末期
- 低心拍出症候群、重度低酸素血症、突然死のリスク。
🔹 臨床経過の特徴
- 自然経過は不良:未治療では平均生存は2〜3年程度(特に特発性PAH)。
- 現代治療で改善:エンドセリン受容体拮抗薬、PDE5阻害薬、プロスタサイクリン製剤などの併用で、
- 5年生存率は 70〜80% まで向上。
- 経過は 個人差が大きい:特発性PAHは進行が早く、膠原病関連(特に強皮症合併)は予後不良。
🔹 WHO機能分類(NYHA分類に類似)
経過の重症度を示す指標として使われる。
- クラス I:無症状、日常生活に制限なし
- クラス II:日常生活で軽度制限、労作時に症状
- クラス III:日常生活に著しい制限、軽い労作でも症状
- クラス IV:安静時にも症状、右心不全の兆候
多くの患者は診断時にすでに クラス II〜III。
🔹 長期予後に影響する因子
- 診断時の機能分類(III/IVは予後不良)
- 膠原病の有無(強皮症合併は悪化しやすい)
- 右心機能(右房圧、心拍出量、NT-proBNP値)
- 治療反応性(初期治療で改善するかどうか)
✅ まとめ
- <肺動脈性肺高血圧症>は 進行性で、放置すれば右心不全から死に至る疾患。
- ただし近年は治療の進歩により、平均生存期間は延び、5年生存率70〜80% と大きく改善。
- 経過は個人差があり、早期診断・早期治療が予後改善のカギ。
<肺動脈性肺高血圧症>の治療法は?
🔹 治療の基本方針
- PAHは進行性の難病で、根治は困難。
- 目的は
- 肺動脈圧を下げる
- 右心不全の進行を防ぐ
- 生活の質と生命予後を改善する
- 治療は重症度(WHO機能分類)・リスク評価に基づいて段階的に行う。
🔹 治療の流れ
1. 一般療法(全患者に推奨)
- 酸素療法:低酸素血症の改善
- 利尿薬:浮腫や腹水の改善
- 抗凝固薬:血栓予防(エビデンスは限定的、近年は個別判断)
- ワクチン接種:インフルエンザ、肺炎球菌予防
- 生活指導:過度な運動・妊娠の回避(妊娠は母体リスクが極めて高い)
2. 特異的薬物療法
① エンドセリン受容体拮抗薬(ERA)
- ボセンタン、アンブリセンタン、マシテンタン
- 肺動脈の血管収縮を抑える
② ホスホジエステラーゼ5阻害薬(PDE5阻害薬)
- シルデナフィル、タダラフィル
- NO-cGMP経路を活性化して血管拡張
③ 可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激薬(sGC刺激薬)
- リオシグアト
- NOに依存せずcGMP経路を刺激
④ プロスタサイクリン関連薬
- エポプロステノール(静注、重症例で第一選択)
- トレプロスチニル(静注/吸入/皮下注)
- イロプロスト(吸入)
- セレキシパグ(経口)
3. 治療戦略
- 低リスク例(WHO II):ERA単剤 or PDE5阻害薬単剤から開始
- 中等度リスク例(WHO II〜III):ERA+PDE5阻害薬の併用療法
- 高リスク例(WHO IV):静注プロスタサイクリンを中心とした強力な併用療法
4. 外科的治療
- 心房中隔開窓術(バルーン心房中隔作製術):右心系圧負荷を逃がす目的
- 肺移植:薬剤抵抗例や末期例に適応
🔹 治療の進歩
- 1990年代までは平均生存 2〜3年だったが、
- 現在は薬剤の進歩と併用療法により 5年生存率 70〜80% に改善。
- 個別化医療(バイオマーカーや遺伝子情報をもとに治療選択)が研究段階。
✅ まとめ
- <肺動脈性肺高血圧症>の治療は、
- 一般療法(酸素・利尿薬・生活指導)
- 特異的薬剤(ERA・PDE5阻害薬・sGC刺激薬・プロスタサイクリン製剤)
- 重症例では外科治療(心房中隔開窓術・肺移植)
- 重症度・リスクに応じた段階的併用療法が標準。
<肺動脈性肺高血圧症>の日常生活の注意点
🔹 基本的な考え方
- PAHは 進行性の慢性疾患。
- 日常生活で「右心への負担を減らす」「急な悪化を防ぐ」ことが重要です。
- 治療薬をしっかり使いながら、生活面でも工夫する必要があります。
🔹 日常生活の注意点
1. 運動・活動
- **軽い運動(散歩・ストレッチ)**は体力維持に有効。
- ただし、激しい運動・息が上がる運動は避ける。
- 医師の指示に従い、心リハや運動療法を取り入れる場合もある。
2. 生活習慣
- 禁煙必須:喫煙は血管障害を悪化させる。
- 飲酒は控えめ:薬との相互作用や肝機能障害の悪化を避ける。
- 減塩・体重管理:右心不全や浮腫の悪化防止に有効。
3. 感染症予防
- 風邪・インフルエンザ・肺炎 → 病状悪化のきっかけになる。
- インフルエンザワクチン、肺炎球菌ワクチンの接種が推奨。
- 人混みでのマスク着用や手洗いも大切。
4. 妊娠・出産
- 妊娠は 極めて高リスク(母体死亡率 30〜50%と報告)。
- 原則として妊娠は避けるよう指導される。
- やむを得ず妊娠した場合は、高度専門施設で厳重管理。
5. 薬の管理
- 薬は自己判断で中止・減量しない。
- プロスタサイクリン持続静注ポンプなどは「止まると致命的」なため、常に注意が必要。
- 薬の相互作用(特に降圧薬・利尿薬・抗凝固薬)は医師と確認。
6. 高地・旅行
- 高地(酸素が薄い場所)は症状を悪化させやすいので注意。
- 長時間の飛行機移動は血栓リスクがあるため、医師に相談して事前対策(弾性ストッキング、抗凝固薬など)。
7. 精神的ケア
- 慢性疾患のため、不安やうつ傾向を伴うことも多い。
- 家族・医療者・患者会などのサポートを活用。
✅ まとめ
<肺動脈性肺高血圧症>の日常生活の注意点は:
- 軽い運動はOK、激しい運動は避ける
- 禁煙・減塩・体重管理
- 感染症予防(ワクチン・手洗い)
- 妊娠は原則禁止
- 薬を厳格に管理(自己中断禁止)
- 高地や長時間飛行は注意
- 精神的サポートも重要