目次
<発作性夜間ヘモグロビン尿症>はどんな病気?
🔹 基本的な特徴
- 自分の赤血球が補体(体の免疫の一部)によって壊されやすい状態になり、赤血球が壊れてしまう病気です。
- 赤血球が壊れると血中にヘモグロビンが漏れ出し、尿が赤〜黒褐色に着色します(特に夜間や早朝に顕著)。
- 進行すると 貧血・血栓症・骨髄不全 を起こすことが特徴です。
🔹 原因
- 骨髄の造血幹細胞で PIGA遺伝子の後天的な体細胞変異 が起こる。
- その結果、血球表面にあるはずの「補体から細胞を守るタンパク質(CD55・CD59など)」が欠損。
- そのため補体に攻撃され、赤血球が壊れやすくなる。
- 遺伝病ではなく、後天的な獲得性疾患。
🔹 主な症状
- 溶血性貧血:倦怠感、息切れ、黄疸。
- 血尿(夜間〜早朝に濃い色の尿)。
- 血栓症:肝静脈・脳静脈など、通常はまれな部位にできやすい。
- 骨髄不全:再生不良性貧血や骨髄異形成症候群と合併することがある。
- 腹痛、嚥下困難、勃起障害なども溶血による一酸化窒素欠乏で生じる。
🔹 診断
- フローサイトメトリーで血球表面のCD55・CD59(補体制御因子)が欠損しているかを調べる。
- 血液検査で溶血所見(LDH上昇、間接ビリルビン上昇、ハプトグロビン低下)を確認。
🔹 治療
- 支持療法:輸血、鉄・葉酸補充。
- 補体阻害薬(根本治療に近い進歩)
- エクリズマブ(C5阻害薬)
- ラブリズマブ(長時間作用型C5阻害薬)
- 新世代薬(C3阻害薬など)が登場しつつある。
- 造血幹細胞移植:根治の可能性があるが、重症例・若年者に限られる。
✅ まとめ
- 発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)は、後天的な遺伝子変異で補体から守るタンパク質が欠け、赤血球が壊れる病気。
- 主症状は 貧血・血尿・血栓症・骨髄不全。
- 診断はフローサイトメトリー、治療は補体阻害薬が中心。
- 希少疾患だが、治療薬の進歩により以前より予後は大きく改善しています。
<発作性夜間ヘモグロビン尿症>の人はどれくらい?
<発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)>はとてもまれな血液の病気です。
🔹 発症頻度(世界)
- 世界全体での年間発症率は
人口100万人あたり1〜2人程度。 - つまり「100万人に1人か2人」発症するという非常にまれな病気です。
- 有病率(いまPNHと診断されている人の割合)は 人口100万人あたり10〜20人程度 と推定されています。
🔹 日本での患者数
- 厚生労働省の指定難病に登録されており、医療費助成の対象。
- 登録されている患者さんは 約500〜700人程度 とされています。
- 実際の潜在患者を含めても、日本全体で 1,000人未満 と考えられています。
🔹 年齢・性別
- 発症年齢は幅広いですが、20〜40歳代の若年〜中年に多い。
- 男女差はあまりありません。
✅ まとめ
- 発作性夜間ヘモグロビン尿症は 人口100万人に1〜2人 発症する「超希少疾患」。
- 日本では 500〜700人程度が登録患者。
- 若年〜中年に多く、男女差はほとんどない。
<発作性夜間ヘモグロビン尿症>の原因は?
<発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)>の原因は、骨髄の造血幹細胞に起こる 後天的な遺伝子変異 です。
🔹 原因の詳細
1. 遺伝子の異常
- PIGA遺伝子の体細胞変異(後天的変化)が原因。
- PIGAは「GPIアンカー」と呼ばれる構造を作るのに必要な遺伝子。
- GPIアンカーがないと、血球表面に「補体から細胞を守るタンパク質(CD55, CD59など)」がつけられなくなる。
2. 補体による赤血球破壊
- 赤血球表面に防御タンパク質(CD55, CD59)がない → 補体が赤血球を攻撃してしまう。
- その結果、赤血球が壊れやすくなり、溶血(血球破壊)が起きる。
3. 骨髄の異常
- PNHは「造血幹細胞のクローン病」で、正常な幹細胞に代わって変異を持つクローンが優勢になる。
- 多くの患者さんで 再生不良性貧血(AA)や骨髄異形成症候群(MDS) などの骨髄不全症候群と関連して発症する。
- つまり「骨髄の免疫環境の異常+PIGA変異」が組み合わさって病気が成立すると考えられている。
🔹 遺伝との関わり
- 遺伝性ではなく後天性。
- 生まれつきの遺伝子異常ではなく、後天的に幹細胞に変異が入って発症する。
- 親から子へ遺伝することはありません。
✅ まとめ
- 原因は 造血幹細胞のPIGA遺伝子変異(後天的)。
- GPIアンカーが欠損 → 補体から赤血球を守れない → 赤血球が壊れる。
- 骨髄不全(AAやMDS)との関連が強い。
- 遺伝性ではなく、後天的に起こる病気。
<発作性夜間ヘモグロビン尿症>は遺伝する?
<発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)>は遺伝しません。
🔹 遺伝しない理由
- PNHは 後天性の造血幹細胞の変異 によって起こる病気です。
- 原因となるのは PIGA遺伝子の体細胞変異(生まれつきではなく、あとから幹細胞に起きた変化)。
- この変異は「生殖細胞(卵子・精子)」にあるものではないため、子どもに受け継がれることはありません。
🔹 家族歴について
- 遺伝性ではないため、家族にPNHが多発することはありません。
- 同じ家系に出る場合は「偶然」か、背景にある**骨髄不全(例:再生不良性貧血)**などの体質が関与している可能性があるにとどまります。
🔹 遺伝性の似た病気との違い
- 遺伝性溶血性貧血(例:遺伝性球状赤血球症、G6PD欠損症など)は親から子に遺伝する。
- PNHは獲得性(後天性)溶血性貧血であり、この点が大きな違いです。
✅ まとめ
- 発作性夜間ヘモグロビン尿症は 遺伝しない。
- 親から子へ伝わる病気ではなく、後天的に造血幹細胞に変異が起きて発症する。
- 遺伝性溶血性貧血とは区別が必要。
<発作性夜間ヘモグロビン尿症>の経過は?
🔹 経過の全体像
PNHは「造血幹細胞の後天的変異」により赤血球が壊れやすくなる病気で、経過は人によってかなり異なります。大きく分けて以下の特徴があります。
1. 初期〜診断時
- 発症はゆるやかに進行することが多く、最初は貧血や血尿で気づかれる。
- 夜や早朝に赤黒い尿が出る「発作性血色素尿」が特徴。
- 検査では溶血(赤血球破壊)の所見(LDH上昇、ビリルビン上昇、ハプトグロビン低下など)。
2. 進行期の症状
- 溶血性貧血の悪化
- 倦怠感、息切れ、黄疸。輸血が必要になることもある。
- 血栓症
- PNHの最大の合併症。肝静脈(Budd-Chiari症候群)、脳静脈洞、腎静脈など「普通は血栓ができにくい場所」に起こりやすい。
- これが死亡原因の第一位。
- 一酸化窒素(NO)の不足による症状
- 胸痛、腹痛、嚥下障害、勃起不全など。
3. 長期経過での合併症
- 骨髄不全
- PNHは再生不良性貧血(AA)や骨髄異形成症候群(MDS)と同じ「骨髄不全スペクトラム」に含まれる。
- 長期経過で骨髄が弱まり、汎血球減少をきたすことがある。
- 急性白血病
- ごく一部でMDSや急性骨髄性白血病へ移行する。
- 慢性腎不全
- 長期の溶血により腎臓に負担がかかる。
4. 予後
- 以前は診断からの10年生存率が50%程度と不良だった。
- 現在は**補体阻害薬(エクリズマブ、ラブリズマブなど)**の登場で、
- 溶血・輸血依存・血栓症リスクが大幅に改善。
- 生存率は一般人口に近づいていると報告される。
- ただし治療をやめると再び溶血や血栓が出るため、長期的な薬物治療が必要なことが多い。
✅ まとめ
- PNHは経過が多様だが、典型的には
- 貧血・血尿で発症
- 溶血・血栓症が進行
- 骨髄不全や腎障害など合併症が出る
という流れをたどる。
- 現在は補体阻害薬の登場で予後は大きく改善しているが、長期的な経過観察が必須。
<発作性夜間ヘモグロビン尿症>の治療法は?
🔹 治療の基本方針
PNHは「補体による赤血球破壊」が中心なので、
補体を抑える薬 が治療の柱になっています。
併せて 支持療法(輸血など) や 骨髄不全への対応 が必要になります。
1. 支持療法
- 赤血球輸血:重度の貧血時。
- 鉄・葉酸補充:溶血や輸血で不足しやすい。
- 抗凝固療法(ワルファリンなど):血栓症を起こした場合、再発予防に。
2. 補体阻害薬(標準治療)
🔸 C5阻害薬
- エクリズマブ(eculizumab)
- 世界初の補体阻害薬。2週間ごとに点滴。
- 溶血や血栓リスクを大幅に減らし、生存率を改善。
- ラブリズマブ(ravulizumab)
- エクリズマブの改良型。8週間ごとの点滴で済む。
- 日本でも使用可能。
🔸 C3阻害薬・経口薬(新世代)
- ペグセタコプラン(pegcetacoplan):C3阻害薬。皮下注射で溶血抑制効果が報告されている。
- 経口C3阻害薬(iptacopanなど):臨床試験段階から一部承認へ進みつつある(2025年時点では海外が中心)。
3. 造血幹細胞移植
- 唯一の根治療法。
- ただし移植関連の合併症リスクが高いため、
- 若年で重症の骨髄不全を合併している患者などに限って適応。
4. 骨髄不全への対応
- 再生不良性貧血(AA)合併例では、免疫抑制療法(シクロスポリン、ATGなど)が必要になる場合がある。
🔹 治療の選び方
- 典型的PNHで溶血や血栓リスクがある場合 → 補体阻害薬が第一選択。
- 症状が軽い / 溶血が目立たない場合 → 経過観察や支持療法。
- 重度の骨髄不全合併 → 造血幹細胞移植や免疫抑制療法も検討。
✅ まとめ
- 支持療法:輸血・鉄葉酸補充・抗凝固。
- 補体阻害薬が治療の中心:エクリズマブ、ラブリズマブ、さらにC3阻害薬や経口薬が登場。
- 造血幹細胞移植は根治可能だが適応は限定。
- 骨髄不全を合併する場合は免疫抑制療法も必要。
<発作性夜間ヘモグロビン尿症>の日常生活の注意点
🏡 日常生活の注意点
1. 感染予防
- PNHの患者さんは 補体阻害薬(エクリズマブ、ラブリズマブなど) を使用することが多いですが、これらは髄膜炎菌感染症のリスクを高めるため注意が必要です。
- **ワクチン接種(髄膜炎菌、肺炎球菌、インフルエンザなど)**を主治医と相談して受ける。
- 手洗い・うがい・マスクで風邪や感染症を予防する。
2. 血栓症の予防
- PNHは 深部静脈血栓、肝静脈血栓、脳静脈血栓 などを起こしやすい。
- 長時間同じ姿勢を避け、適度に歩く・体を動かす。
- 脱水は血栓リスクを高めるので、こまめな水分補給を意識。
- 喫煙は血栓リスクを上げるので禁煙。
- 旅行や長時間の移動時は特に注意(ストレッチ・休憩)。
3. 出血への注意
- 抗凝固薬を使っている場合は、出血しやすくなるので注意。
- 転倒や外傷を避ける生活を心がける。
- 内出血・血尿・便の色が黒いなどの出血サインを見逃さない。
4. 貧血・溶血への対応
- 強い倦怠感、動悸、息切れがある時は無理をせず休養。
- 尿が赤黒い、黄疸が出るなど溶血の兆候があれば早めに受診。
- 脱水で溶血が悪化することがあるため、十分な水分摂取を。
5. 妊娠・出産
- 妊娠は可能だが、母体も胎児も血栓や出血のリスクが高い。
- 妊娠を希望する場合は、事前に主治医と十分相談し、専門施設で管理。
6. 薬の管理
- 補体阻害薬は定期的な投与が不可欠。中断すると溶血・血栓が急に悪化する恐れあり。
- 薬を忘れないようスケジュール管理を徹底。
✅ まとめ
- 感染予防:ワクチン、手洗い、日常の予防。
- 血栓予防:水分摂取、適度な運動、禁煙、長時間同じ姿勢を避ける。
- 出血注意:抗凝固療法中は特に観察。
- 溶血悪化のサイン(赤黒い尿、黄疸、強い倦怠感)に注意し早期受診。
- 薬は定期的にきちんと使うことが最重要。